

渋谷から東急田園都市線に乗り、長津田駅でJR横浜線に乗り換えた。2つ目の駅が中山駅だ。
思ったより近く、心の準備がまだ出来ていない。一緒に連れて来た、来年幼稚園の年長になる息子の悠太は、電車に乗れたことを無邪気に喜んでいる。その横で、私は軽い溜息をついた。
「たまには、あなたもお祖母ちゃんに顔を見せてあげて。」
母から、懇願するように、祖母に会いに行く約束をさせられたのは、3日前の事だった。
7年前に父が亡くなってからというもの、祖母とは疎遠になっていた。
「どんな顔をして、何を話したらいいんだろう」
不安な気持ちは、久しぶりの対面の気まずさを想像したから、だけではない。3ヶ月前から住み始めたという“高齢者むけの賃貸マンション”で祖母がどのような暮らしをしているのかを想像したせいかもしれなかった。
「もったいない。まだ使えるよ」
私が幼かった頃、遊びに行くと祖母はいつも、かさかさの細い指を忙しなく動かしていた。持参したお土産の包装紙や紐を几帳面に伸ばして畳んでいる時もあったし、新聞の広告を正方形に折って、小さな入れ物を作っている時もあった。使えるものは何でも捨てられないのが祖母だった。
戦時中に幼い父を女手一つで育て上げる為に、苦労したのだろう。私の指は、祖母と手を繋いだ時のごわごわと乾いた感触をいまだに覚えていた。
マンションに着いたのは、約束した時間より20分も早かった。エントランスに入り、オートロックで祖母の部屋を呼び出すのに手間取っていると、通りがかった祖母と同年輩の女性が、「2階のコミュニティホールで大正琴のお稽古をしているんじゃないかしら?」と教えてくれた。
祖母・・・と大正琴?
重ならないイメージに首を傾げながらも、教えられた場所に行ってみると、柔らかい光が溢れる広々とした、その部屋の片隅に祖母がいた。
目の前に置かれた大きな琴を真剣な表情で眺める祖母の両隣には、同年齢の女性が座っている。恐らくこのマンションのお友達なのだろう。
3人とも女学生時代に戻ったように、いきいきとして輝いた目をしていた。
私の視線が自然に、祖母の指先に向かった。弦に触れ、豊かな音色を奏でている指先は、まさしく私が知っている祖母のものだった。
しかし祖母が生活する以外の“何か”の為に指を使う、考えてみれば当たり前のことに、私はすっかり面食らっていた。
同年代の友達と楽しく談笑する祖母を見たのも初めてだったし、ここには私の知らない祖母がいるようだった。
「あぁ来てくれたの。有難う。ここではね、自由にいろんな事ができるのよ。思ったより毎日楽しくってね」
優しい笑顔で話しかけてくれた祖母を見ていたら「どんな顔をして、何を話したらいいんだろう」と悩んでいたのは杞憂に過ぎない事がわかった。
祖母との話は尽きず、あっという間に時間が過ぎた。
「お祖母ちゃんがいい物を作ってあげるよ」
急に祖母が、飽き始めた悠太のために、近くの公園で拾ったというドングリと爪楊枝を持ってきて、こまを作り始めた。その指を見ながら、今まで考えたこともなかった祖母の人生について、自然に思いを馳せていた。
祖父とは、どんな風に出会ったのか。死別したときどんなに辛かったか。
女手一つでの子育てはどんな苦労があり、どんな楽しい事があったのか。
父に先立たれた時、どんなに悲しかったか。
帰り道、悠太が嬉しそうな顔をして
「お祖母ちゃんの指って、すごいね。何でも作れちゃうんだね」
無性に温かい気持ちが胸を満たしていった。その温もりを逃さないように、どんぐりを握り締めた悠太の手を、しっかりと握りしめて、私は言った。
「もっとお祖母ちゃんの事知りたいな。また来週も行こうね」

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<担当者>

ミサワエムアールディー株式会社
市場開発部 企画開発課
梅 淳
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